最近の詞の創作は、大抵は体験したことを基にしているので、旋律による縛りがあると言葉が極端に限定される。加えて旋律の音数とイントネーションに引きずられるので、無意識に音数に偏った言葉選びになって行く。言葉が綺麗に乗ったところで物語が薄いと、その楽曲の底は目を凝らせば認識できる程度の深さにしかならない。しかし、旋律が先に現れた以上、言葉とじっくり向き合って、強引なこじつけによる自己解決を避けねばならない。
2019年2月19日火曜日
2018年9月21日金曜日
2018年8月23日木曜日
2018年8月22日水曜日
悪夢
悪夢には色々なタイプがある。ホラーなもの、嫌いなもの(僕の場合は蜘蛛と毒キノコ)に関わる、などなど。
僕が最もよく観る悪夢は、シーンはライブステージ、今まさに始まるという場面で色々なトラブルに見舞われる。ギターのシールドを差そうとするが届かない、メンバーが現われない、エレキギターのストラップがない、靴がない。何かしなくてはと、マイクで客をあおるが、一向に演奏を始められなくて焦る。これの調理場バージョン(お湯が沸かない)やサッカーバージョン(ボールを蹴ってもほとんど飛ばない)なんかもある。悪夢の中でも、このタイプが一番後味が悪いのだ。
厄払いにと思って歌にした。その名も「悪夢」。
僕が最もよく観る悪夢は、シーンはライブステージ、今まさに始まるという場面で色々なトラブルに見舞われる。ギターのシールドを差そうとするが届かない、メンバーが現われない、エレキギターのストラップがない、靴がない。何かしなくてはと、マイクで客をあおるが、一向に演奏を始められなくて焦る。これの調理場バージョン(お湯が沸かない)やサッカーバージョン(ボールを蹴ってもほとんど飛ばない)なんかもある。悪夢の中でも、このタイプが一番後味が悪いのだ。
厄払いにと思って歌にした。その名も「悪夢」。
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